2008年12月31日水曜日

2008年最後の反省点

本日は大晦日。なんだかアメリカにいたのがずいぶん昔のような気がします。しかし、ブログをはじめてから今日まで本当にあっという間でした。経過速度の異なる複数の時計が自分の体内にはあるのかもしれません。・・・不思議。

8月から始まったMSEプログラム、今年は自分の人生で最高の一年だったと思います。生徒に全力でぶつかってくる先生、同じ志を持った学友、異国の地で過ごす緊張感、全てが刺激的でした。正直、ピッツバーグに戻る日が待ち遠しいです。

昨日はmentorに今期のプロジェクト活動で上手くいったことと、そうでなかったことを報告しました。今後忘れないためにも今ここに書き残しておきたいのですが、うまくいかなかったこととして挙げたのは、ディスカッションなどで自分の意見を貫き通す強い姿勢が欠けていたことです。これは自分でよく認識している私の欠点なのです。チームメイトからも

「Yukiは他人を立てようとして、自分の考えを犠牲にする傾向があるんじゃないのか」

といわれました。そのとおりなのです。ほぼ毎日顔をあわせていたとはいえ数ヶ月でよくそのことに気がついたなぁとビックリしました。当然、私もディスカッションでは常に自分の考えを持って相手と話しをします。しかし、以下のような場合に私は自分の姿勢を曲げてしまいがちなのです:

  1. 相手の言っていることが分からない場合には質問する。その返答があまりに早いため彼らはそのことに関して熟知しているものと思ってしまう。それに比べ、自分が逆に質問をされたらあれほど早くは返答できないだろう。自分はあれほどこの論点に関して熟知はしていない。彼らの方が正しいのではないだろうか。

  2. 自分は1通りしか考えていない。彼らは少なくとも5通りは考えている。1通りしか考えられない自分のアイデアが、5通りも考えられる頭をもった人間のアイデアより優れているわけがない。

  3. 彼らは自分のアイデアが採用されないと、ひどく感情的になる。自分はそこまで自分の考えにこだわっているわけではない。相手を悲しませないためにも、ここは彼らの意見を通すことにしよう。

これで全てというわけではありませんが、だいたい自分が譲歩するときはこの三つのどれかに当てはまると思います。Mentorに相談したところ、それぞれについて解決策を提示してくれました。1. と2. に関しては十分に修正可能です。しかし、3. はいまだに自分でどう対処するべきか頭を悩ませています。どうも私は自分の意見を通すことで、相手の悲しむ顔、不機嫌な顔を見るのを恐れる人間のようなのです。毎回相手が賞賛してくれるようなアイデアを出せる天才であれば、そんな心配はおそらく無用でしょうが、私の場合たいてい多かれ少なかれ反論はあります。私は相手に気持ちよく話しをさせるために、自分のアイデアを犠牲にして、相手の感情を受け止めることから逃げているようなのです。エンジニア失格ですねぇ。3. のような場合でも、どうすれば人を傷つけないかではなく、皆にとって現状で考えられるベストな策はなんだろうかということに心血を注がなければならないですよね。これはゆっくり自分と向き合いながら解決していきたいと思います。

休みはあと少しだけ続きます。
2009年、この金融危機でキツイ年になるかもしれませんが、毎日何かに耐えていくなかできっと楽しいことがあるでしょう。
私も就職活動が控えていますが、がんばってまいります。
みなさんにとってもよい年になりますように!

0 件のコメント:

コメントを投稿